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Opening the book…

Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka

Title: 血笑記 (Kesshouki)
Author: 二葉亭四迷 (Shimei Futabatei)
Language: Japanese

Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka.
(This file was produced from images generously made
available by Kindai Digital Library)

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Notes on the signs in the text

《...》 shows ruby (short runs of text alongside the
base text to indicate pronunciation).
Eg. 其《そ》

| marks the start of a string of ruby-attached
characters.
Eg. 十三|年目《ねんめ》

※ represents a Chinese character that is not included in computer fonts. The structure of the character is explained in the following bracket[#...]. Eg. ※[#立+宛]

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血笑記
    アンドレーエフ作
    二葉亭譯

(前編、斷篇第一)

…物狂《ものぐる》ほしさと怕《おそ》ろしさとだ。 始《はじめ》て之《これ》を感《かん》じたのは某街道《なにがしかいどう》を引上《ひきあ》げる時《とき》であつた。もう十|時間《じかん》も歩《ある》き續《つゞ》けて、休憇《きうけい》もせず、歩調《ほてう》も緩《ゆる》めず、倒《たふ》れる者《もの》は棄《す》てゝ行《ゆ》く。敵《てき》は密集團《みつしふだん》となつて追擊《つゐげき》して來《く》るのだ。今《いま》附《つ》けた足跡《あしあと》も三四|時間《じかん》の後《のち》には敵《てき》の足跡《あしあと》に踏消《ふみけ》されて了《しま》はう。暑《あつ》かつた。何度《なんど》であつたか、四十|度《ど》、五十|度《ど》、或《あるひ》は其以上《それいじやう》であつたかも知《し》れんが、唯《ただ》もう不斷《のべつ》に蕩々《だら〳〵》と底《そこ》も知《し》れぬ暑《あつ》さで、いつ涼《すゞ》しくなる目的《あて》もない。太陽《たいやう》は大《おほ》きく、火《ひ》の燃《も》ゆるやうに、怕《おそ》ろしげで、或《あるひ》は大地《だいち》に近寄《ちかよ》つて、用捨《ようしや》のない火氣《くわき》に引包《ひツつゝ》み、燒盡《やきつく》さむとするのかと危《あや》ぶまれた。眼《め》を開《あ》いてゐられゝばこそ。小さく、窄《すぼ》んだ、罌粟《けし》粒程《つぶほど》の瞳孔《ひとみ》が閉《と》ぢた眼瞼《まぶた》の下《した》に蔭《かげ》を求《もと》めても、蔭《かげ》はなく、日《ひ》は薄皮《うすかは》を透《とほ》して、血紅色《けつこうしよく》の光線《くわうせん》を疲《つか》れ切《き》つた腦中《なうちう》へ送《おく》る。けれども、流石《さすが》に目《め》を閉《と》ぢてゐれば樂《らく》なので、私《わたし》は長《なが》い間《あひだ》、事《こと》に寄《よ》ると何時間《なんじかん》といふ間《あひだ》、目《め》を閉《と》ぢて、前後左右《ぜんごさいう》を引上《ひきあ》げて行《ゆ》く物音《ものおと》を聽《き》きながら行《い》つた。人馬《じんば》の重《おも》たげな揃《そろ》はぬ足音《あしおと》、鐵《てつ》の車輪《しやりん》の小石《こいし》を引割《ひきわ》る音《おと》、誰《たれ》やらの苦《くる》し氣《げ》な精《せい》の盡《つ》きた溜息《ためいき》、燥《はしや》いだ唇《くちびる》を鳴《な》らす乾《かわ》いた音《おと》などが聞《きこ》える。皆《みな》默《だま》つてゐる。啞者《おし》の軍《ぐん》の行《ゆ》くやうだ。皆《みな》倒《たふ》れゝば默《だま》つて倒《たふ》れる。それに躓《つまづ》いて倒《たふ》れる者《もの》も、默《だま》つて起上《おきあが》つて、顧視《みむき》もせずに行《ゆ》く。宛《まる》で啞者《おし》である上《うへ》に目《め》も耳《みゝ》も聾《し》ひてるやうだ。私《わたし》も幾度《いくたび》か躓《つまづ》いて倒《たふ》れたが、其時《そのとき》は我《われ》にもなく目《め》を開《あ》く――と、目《め》に見《み》える物《もの》は、人間離《にんげんばな》れした虛《うそ》らしい、此世《このよ》が狂《くる》つて苦《くる》し氣《げ》に譫語《うはごと》をいふやうな光景《ありさま》だ。炎《も》ゆるやうな空氣《くうき》が搖《ゆ》れ、蕩《とろ》けさうな石《いし》も默《だま》つて搖《ゆる》ぎ、遙《はる》か向《むか》ふの曲角《まがりかど》を曲《まが》る人《ひと》の群《むれ》も、大砲《たいはう》も、馬《うま》も、大地《だいち》を離《はな》れて、音《おと》もなく、ジェリーのやうに震《ふる》ひながら行《ゆ》く所《ところ》は、生《い》きた物《もの》とは見《み》えないで、體《からだ》は烟《けむ》の幽靈《いうれい》のやうである。大《おほ》きな怕《おそ》ろしげな、ツイ鼻《はな》の先《さき》に見《み》える太陽《たいやう》が、銃身《じうしん》に金具《かなぐ》に光《ひかり》を宿《やど》して、小《ちひ》さな、無數《むすう》の太陽《たいやう》を映出《うつしだ》し、その眩《まば》ゆい光《ひかり》が横合《よこあひ》からも、足元《あしもと》からも、眼《め》に射込《さしこ》み、白《しろ》い㷔《ほのほ》を噴《は》いてピカ〳〵と鋭《するど》いこと、宛然《さながら》白熱《はくねつ》した銃劒《じうけん》の切先《きツさき》を見《み》るやうだ。燒立《やきた》て〳〵物《もの》を枯《か》らさむとする暑熱《しよねつ》は、身《み》に沁《し》み、骨《ほね》に透《とほ》り、髓《ずゐ》に徹《てつ》して、時《とき》としては胴《どう》の上《うへ》にぶらつくものは首《くび》ではなくて、何《なん》とも得體《えたい》の知《し》れぬ、重《おも》こいやうな、輕《かる》いやうな、圓《まる》い不思議《ふしぎ》な物《もの》であつて、どうやら自分《じぶん》の物《もの》ではないやうに思《おも》はれ、薄氣味惡《うすきみわる》くなることもある。 と、其時《そのとき》、偶然《ひよつと》我家《わがや》が眼《め》の前《まへ》に浮《うか》ぶ。部屋《へや》の隅《すみ》で、水色《みづいろ》の壁紙《かべがみ》の片端《かたはし》が見《み》えて、卓《テーブル》の上《うへ》には、水《みづ》の入《はい》つた壜《フラスク》が其儘《そのまゝ》手付《てつか》ずに埃塗《ほこりまぶ》れになつてゐる。これは私《わたし》の卓《テーブル》で、跛《びツこ》なので、短《みじか》い方《はう》の脚《あし》の下《した》には紙《かみ》を丸《まる》めて敷《か》つてある。隣室《りんしつ》には、見《み》えぬけれど妻《さい》も忰《せがれ》も居《ゐ》るらしい。若《も》し聲《こゑ》が出《だ》せたら、大聲《おほごゑ》出《だ》して喚《わめ》いたかも知《し》れぬ――水色《みづいろ》の壁紙《かべがみ》の片端《かたはし》に、埃塗《ほこりまぶ》れの手附《てつ》かずの壜《フラスク》と、見《み》る所《ところ》は尋常《じんじやう》の、際立《きはだ》つた物《もの》ではないけれど、それに其程《それほど》目《め》を駭《おどろ》かされたのである。 今《いま》だに憶《おぼ》えてゐるが、立止《たちど》まつて兩手《りやうて》を擧《あ》げると、トンと誰《だれ》かに背後《うしろ》から衝飛《つきとば》された。ツカ〳〵と前《まへ》へ出《で》る――と、もう其儘《そのまゝ》暑《あつ》いことも草臥《くたび》れたことも忘《わす》れて、愴惶《あわたゞ》しく、人《ひと》を押分《おしわ》けて、何方《いづく》ともなく進《すゝ》んで行《い》つた。際限《さいげん》もない、無言《むごん》の人《ひと》の列《れつ》の間《あひだ》を、右左《みぎひだり》に赤《あか》い炎《も》えそうな頸窩《ぼんのくぼ》を視《み》て、グタリと下《さ》げた熱《あつ》い銃劒《じうけん》と殆《ほとん》ど擦《す》れ〳〵に大分《だいぶ》進《すゝ》んだ時《とき》、何《なに》を私《わたし》は爲《し》てゐるので、何處《どこ》へ此樣《こんな》に急《いそ》いで行《ゆ》くのだらうと、立止《たちど》まつた。で、急《いそ》いで向直《むきなほ》つて、無理無體《むりむたい》に列外《れつぐわい》へ出《で》て、とある窪地《くぼち》を越《こ》え、其處《そこ》の石《いし》の上《うへ》に焦燥《せか〳〵》と腰《こし》を卸《おろ》した所《ところ》は、このざらざらの燒石《やけいし》を目的《めあて》に、これまで藻搔《もが》いて來《き》たやうであつた。 其時《そのとき》始《はじ》めて氣《き》が附《つ》いた。日光《につくわう》の惶《きら》つく中《なか》を、暑《あつ》さに弱《よわ》り、ヘト〳〵に草臥《くたび》れて、無言《むごん》でふら〳〵と行《い》つては倒《たふ》れる者《もの》は、これは皆《みな》狂人《きちがひ》だ。何處《どこ》へ行《ゆ》くのか、何《なん》で日《ひ》に照付《てりつ》けられるのか、誰《だれ》も知《し》らない、誰《だれ》も何《なに》も知《し》つてゐない。胴《どう》の上《うへ》に在《あ》るのは首《くび》ではなくて、變《へん》な気味《きみ》の惡《わる》い物《もの》だ。と見《み》ると一人《ひとり》、矢張《やつぱ》り私《わたし》のやうに、愴惶《あわたゞ》しく列外《れつぐわい》へ脫出《ぬけだ》してバタリと倒《たふ》れる、續《つゞ》いて又《また》一人《ひとり》、又《また》一人《ひとり》ヽヽヽと、群《むら》がる人《ひと》の頭《あたま》の上《うへ》に馬《うま》の首《くび》が見《み》える。血走《ちば》しつた物狂《ものぐる》ほしい目色《めつき》をして、齒齦《はぐき》まで露出《むきだ》した所《ところ》は、不氣味《ぶきみ》な奇怪《きくわい》な叫聲《さけびごゑ》を立《た》てゝゐるやうに見《み》えたけれど、其聲《そのこゑ》が聞《きこ》えるでもなかつた。首《くび》が見《み》えて、バタリと倒《たふ》れると、其處《そこ》に暫《しば》し人《ひと》だかりがする。皆足《みなあし》を駐《とゞ》めて、皺嗄《しやが》れた冴《さ》えぬ聲《こゑ》で何《なに》やら喚《わめ》くとドンと一|發《ぱつ》銃聲《じうせい》が聞《きこ》えて、又皆《またみな》默《だま》つて動出《うごきだ》して、際限《さいげん》もなく續《つゞ》いて行《ゆ》く。私《わたし》はやがて一|時間《じかん》も石《いし》の上《うへ》に腰《こし》を掛《か》けてゐたが、其間《そのあひだ》絕《た》えず人影《ひとかげ》は眼前《がんぜん》を過《す》ぎ行《ゆ》いて、空《そら》はゆすれ、地《ち》は搖《ゆる》ぎ、遠《とほ》く幽靈《いうれい》の如《ごと》くに行《ゆ》く隊伍《たいご》の影《かげ》は戰《をのゝ》くやうに見《み》えた。骨《ほね》を枯《から》さむとする暑《あつ》さは更《さら》に肉《にく》に徹《とほ》つて、瞥《ちら》りと眼《め》に映《うつ》つた物《もの》は、直《す》ぐ忘《わす》れて了《しま》ふ。眼前《がんぜん》を過《す》ぎ行《ゆ》く人影《ひとかげ》は暫《しばら》くも絕《た》えぬが、過《す》ぎ行《ゆ》く人《ひと》の誰《だれ》だかは分《わか》らない。一|時間程前《じかんほどまへ》に此石《このいし》に腰《こし》を掛《か》けてゐたのは私《わたし》一人《ひとり》だつたが、今《いま》は周圍《ぐるり》に灰色《はいゝろ》の人《ひと》が一塊《ひとかたまり》り集《あつ》まつた。或者《あるもの》は地《ち》に伏《ふ》して動《うご》かない。死《し》んでゐるのかと思《おも》はれる。或者《あるもの》は私《わたし》のやうに石《いし》に腰《こし》を掛《か》けて、氣脫《きぬ》けしたやうな面《かほ》をして、通《とほ》る人《ひと》を見《み》てゐる。銃《じう》を持《も》つてゐる者《もの》は兵士《へいし》らしいが、丸裸《まるはだか》に近《ちか》い姿《すがた》で、蘇枋染《すほうぞ》めの、見《み》るも厭《いや》らしい色合《いろあひ》の肌《はだ》をした者《もの》もある。つい其處《そこ》に誰《だれ》だか素肌《すはだ》の背《せ》を上《うへ》に向《む》けて寢《ね》てゐる。稜立《かどだ》つた熱《あつ》い石《いし》に面《かほ》を伏《ふ》せて平氣《へいき》でゐるさへあるに、仰向《あふむ》けにした掌《てのひら》を見《み》れば白《しろ》いから、死人《しにん》のやうであるけれど、背《せ》の色《いろ》は生人《せいじん》のそれの如《ごと》く赤《あか》い。唯《たゞ》燻肉《くすべにく》のやうに聊《いさゝ》か黄味《きみ》を帯《お》びてゐるので、此世《このよ》の人《ひと》でない事《こと》が知《し》れる。私《わたし》は此《この》死骸《しがい》の側《そば》を退《ど》きたかつたが、退《ど》く力《ちから》が無《な》かつたのでふら〳〵しながら、矢張《やつぱり》ふら〳〵と幽靈《いうれい》のやうに行《ゆ》く人《ひと》の際限《さいげん》もなく續《つゞ》く列《れつ》を見《み》てゐた。今《いま》にも日射病《につしやびやう》に罹《かゝ》るのは頭《あたま》の工合《ぐあひ》でも知《し》れてゐたが、平氣《へいき》で其《それ》に罹《かゝ》るのを待《ま》つてゐた。宛《まる》で夢心地《ゆめごゝち》で、死《し》といふものは、不思議《ふしぎ》な綾《あや》に絡《から》むだ夢想《むさう》の街道《かいだう》の立塲《たてば》か何《なん》ぞのやうに思《おも》はれた。 と見《み》ると、連《つれ》を離《はな》れて思切《おもひき》つた體《てい》に此方《こちら》を目蒐《めが》けて來《く》る一人《ひとり》の兵《へい》がある。其姿《そのすがた》がしばし窪《くぼ》みに隱《かく》れて、やがて又《また》其《それ》を這出《はひだ》して來《く》るのを見《み》れば、危《あぶ》ない足取《あしど》りで、手《て》も足《あし》も頽然《ぐたり》となりさうなのを、然《さ》うはさせまいと力《りき》むのが、もう精《せい》一|杯《ぱい》の所《ところ》らしい。正面《まとも》に私《わたし》を目蒐《めが》けて來《く》るので、苦《くる》しい夢《ゆめ》にもやもやと腦《なう》を閉《と》ぢられさうな中《なか》でも、駭然《ぎよツ》として、「何《なん》だ?」 聲《こゑ》を掛《か》けると、兵《へい》はピタリと立止《たちど》まつた。聲《こゑ》の掛《かゝ》るのを待《ま》つてゐたのかと思《おも》はれる。髯《ひげ》むしやの大男《おほをとこ》で、襟《えり》の裂《さ》けた服《ふく》を着《き》て、衝立《つツた》つてゐる。銃《じう》を持《も》つてゐなかつた。ズボンは釦一《ボタンひと》つで支《さゝ》へてゐて、その綻《ほころ》びの切目《きれめ》から白《しろ》い肌《はだ》が透《す》いて見《み》える。手足《てあし》が頽然《ぐたり》とだらけるのを、だらけさすまいと氣《き》を張《は》つてゐるけれど、もう其《それ》も叶《かな》はぬ。一《ひと》つに寄《よ》せた手《て》が直《す》ぐとダラリと左右《さいう》に垂《た》れる。 「貴樣《きさま》如何《どう》したのか? まあ、坐《すわ》れ。」 けれども兵《へい》は衝立《つツた》つたまゝ、締《し》めても〳〵だらけながら、默《だま》つて人《ひと》の面《かほ》を視《み》てゐる。私《わたし》も我知《われし》らず起上《たちあが》つた。よろ〳〵しながら其眼《そのめ》を覗《のぞ》き込《こ》むと限《かぎ》りなき怖《おそれ》と狂《くる》つた氣《き》が浮《う》いて見《み》える。誰《だれ》の瞳《ひとみ》も皆《みな》蹙《しゞ》まつてゐるのに、これのばかりは眼《め》一|杯《ぱい》に擴《ひろ》がつてゐる。かうした大《おほ》きい窓《まど》から覗《のぞ》いたら、外《そと》は嘸《さ》ぞ火《ひ》の海《うみ》のやうに見《み》えやう。偶然《ひよツ》としたら、これの眼色《めざし》に浮《うか》んでゐるのが死《し》の影《かげ》ではあるまいかと思《おも》はれた――いや、さう思《おも》はれたばかりではない、それに相違《さうゐ》なかつたのだ。この眞黑《まつくろ》な、底《そこ》も知《し》れぬ、烏《からす》のそれのやうにオレンジ色《いろ》の細《ほそ》い縁《ふち》を取《と》つた瞳《ひとみ》には、死《し》以上《いじやう》、死《し》の恐怖《きやうふ》以上《いじやう》のものが浮《う》いてゐたのだ。 「彼方《あツち》へ行《い》け、彼方《あツち》へ!」と一足《ひとあし》退《さ》つて、私《わたし》は喚《わめ》いた。 と、かう言《い》ふのを待《ま》つてゐたやうに、其兵《そのへい》がバタリと私《わたし》の上《うへ》へ倒《たふ》れ懸《かゝ》つた。頽然《ぐたり》とした、物《もの》を言《い》わぬ、大《おほき》な奴《やつ》に推倒《おしたふ》されて、私《わたし》も倒《たふ》れた。わなゝきながら、壓付《おしつ》けられた足《あし》を引外《ひツはづ》して、跳起《はねおき》るや――もう方角《はうがく》も何《なに》も有《あ》つたものでない、唯《たゞ》人《ひと》の居《ゐ》ぬ方《はう》へ、唯《たゞ》日光《ひかげ》のちらつく遠方《ゑんぱう》へ逃《に》げやうとする時《とき》、右手《ゆんで》の山《やま》の嶺《いたゞき》でドンと一|發《ぱつ》鳴《な》る。直《す》ぐ其後《そのあと》から木魂《こだま》のやうに續《つゞ》けざまにドン〳〵と二|發《はつ》鳴《な》る。と、何處《どこ》か頭上《づじやう》を破裂彈《はれつだん》が飛《と》んで行《ゆ》く。其音《そのおと》に大勢《おほぜい》が喜《よろこ》び勇《いさ》むで、喚《わめ》き、叫《さけ》び、哮《たけ》るやうな聲《こゑ》が籠《こも》つて聞《きこ》えた。 敵《てき》が迂廻《うくわい》した! 死《し》にさうな暑《あつ》さも、怖《おそ》ろしさも、疲《つか》れも、さらりと忘《わす》れる。氣《き》が判然《はつきり》する。思《おも》ふ所《ところ》が顕《けざや》かに浮上《うきあが》る。息《いき》せき切《き》つて、走《はし》つて立直《たちなほ》つた列《れつ》に就《つ》かうとする時《とき》、晴《はれ》やかな嬉《うれ》しさうな面《かほ》がちら〳〵見《み》え、皺嗄《しやが》れ聲《ごゑ》で喚《わめ》く聲《こゑ》が聞《きこ》え、號令《がうれい》が聞《きこ》え、無駄口《むだぐち》叩《たゝ》く聲《こゑ》も聞《きこ》えた。日《ひ》は邪魔《じやま》にならぬやうに競上《せりあが》りでもしたのか、朦朧《ぼんやり》となつて押鎭《おしゝづ》まる――と、又《また》魔法使《まはふづかひ》がキゝと叫《さけ》ぶやうな音《おと》を立《た》てゝ、空《くう》を截《き》つて破裂彈《はれつだん》が飛《と》ぶ。 私《わたし》は隊《たい》に近《ちか》づいた…

(斷篇第二)

…馬《うま》も兵《へい》も皆《みな》戰死《せんし》した。第《だい》八|砲列《はうれつ》も其通《そのとほ》り。我《わが》第《だい》十二|砲列《はうれつ》で、三日目《みツかめ》の夕刻《ゆふこく》まで無事《ぶじ》であつたのは僅《わづ》か砲《はう》三|門《もん》と、――跡《あと》は皆壞《みなこは》されて了《しま》つたので、――それに砲手《はうしゆ》六|人《にん》に將校《しやうかう》一人《ひとり》といふのが即《すなは》ち私《わたし》だ。もう二十|時間《じかん》も一|睡《すゐ》もせず、何《なに》も食《く》はない。三|晝夜《ちうや》もサタンの磤《はた》めき哮《たけ》る中《なか》に居《ゐ》たので、狂氣《きやうき》の黑雲《くろくも》に引包《ひツつゝ》まれて、地《ち》を離《はな》れ、空《そら》を離《はな》れ、味方《みかた》を離《はな》れて、生《い》きながら狂人《きやうじん》の如《ごと》くに小迷《さまよ》ふ。死人《しにん》は靜《しづ》かに臥《ね》ても居《ゐ》るが、吾々《われ〳〵》はくれ〳〵と立働《たちはた》らいて、勤《つと》める所《ところ》は勤《つと》め、物《もの》を言《い》ひ、笑《わら》ひまでして、――それでゐて宛然《さながら》の狂人《きやうじん》だ。危《あぶ》な氣《げ》なく活溌《くわつぱつ》に働《はたら》いて、命令《めいれい》も明瞭《はツきり》下《くだ》せば、又其《またそれ》を間違《まちが》ひなく仕遂《しと》げても行《ゆ》くが、それでゐて、若《も》し突然《とつぜん》誰《だれ》かを捉《つかま》へて、お前《まへ》は誰《だれ》だと聞《き》いたなら、うやむやの頭《あたま》では、恐《おそ》らく何《なん》と答《こた》へたものか、分《わか》らなかつたらう。夢《ゆめ》を見《み》てゐるやうなもので、誰《だれ》の顏《かほ》も疾《と》うからの馴染《なじみ》らしく見《み》え、何事《なにごと》が起《おこ》つても、矢張《やツぱ》り嘗《かつ》て有《あ》つた、覺《おぼ》えのある、知《し》り拔《ぬ》いてゐる事《こと》のやうに思《おも》はれるが、其癖《そのくせ》誰《だれ》かの顏《かほ》が砲《はう》を凝《じツ》と視《み》てゐると、或《あるひ》は砲聲《はうせい》に耳《みゝ》を傾《かたむ》けてゐると、どれも〴〵皆《みん》な目《め》の覺《さ》める程《ほど》珍《めづ》らしくて、解《と》いても〳〵解《と》き盡《つく》せぬ謎《なぞ》か何《なん》ぞのやうに思《おも》はれる。何時《いつ》の間《ま》にか夜《よ》になる。それと氣《き》が附《つ》いて、何處《どこ》の隅《すみ》から暗《くら》くなつて來《き》たのかと怪《あや》しむ間《ま》さへなく、又《また》頭《あたま》の上《うへ》で赫《くわツ》と日《ひ》が照《て》り出《だ》す。偶々《たま〳〵》餘處《よそ》から來《き》た者《もの》に聞《き》いて、始《はじめ》て戰鬪《せんとう》も最《も》う三日目《みツかめ》と分《わか》るが、それも傍《そば》から直《す》ぐ忘《わす》れて了《しま》ふ。如何《どう》やら暮《く》れも明《あ》けもせぬ延《のべ》たらの一|日《じつ》のやうで、暗《くら》い時《とき》もあれば、明《あか》るい時《とき》もあるが、何《いづ》れにしても滅茶苦茶《めちやくちや》で、薩張《さツぱり》譯《わけ》が分《わか》らない。而《さう》して誰《だれ》も死《し》を畏《おそ》れない。死《し》ぬといふのが如何《どん》な事《こと》だか、それも分《わか》らない。 三日目《みツかめ》だつたか、四日目《よツかめ》だつたか、覺《おぼ》えがないが、一寸《ちよツと》胸壁《きょうへき》の蔭《かげ》で横《よこ》になつて眼《め》を閉《と》ぢると、忽《たちま》ち例《れい》の馴染《なじみ》の、しかし不思議《ふしぎ》な物《もの》が見《み》える。それは靑色《あをいろ》の壁紙《かべがみ》が少《すこ》しばかりと、私《わたし》のと極《き》めた小卓《こテーブル》の上《うへ》の埃塗《ほこりまぶ》れの手着《てつ》かずの壜《びん》で、隣室《りんしつ》には妻《さい》も忰《せがれ》も居《ゐ》るやうだが、姿《すがた》が見《み》えぬ。唯《たゞ》此時《このとき》は卓《テーブル》の上《うへ》に綠色《みどりいろ》の笠《かさ》を被《き》たランプが點《とぼ》つてゐたから、宵《よひ》か夜中《よなか》だつたに違《ちが》ひない。で、かうした所《ところ》が眼前《がんぜん》に留《とま》つて動《うご》かぬから、私《わたし》は永《なが》いこと、心靜《こゝろしづ》かに、ためつすがめつ壜《びん》のグラスにちらつく火影《ほかげ》を視《み》、壁紙《かべがみ》を眺《なが》めて、心《こゝろ》の中《うち》で、もう夜《よる》だ、寢《ね》る時分《じぶん》だのに、何故《なぜ》坊《ばう》は寢《ね》ないのだらうと思《おも》つてゐた。で、又《また》壁紙《かべがみ》を眺《なが》めて見《み》ると、唐草《からくさ》に、銀色《ぎんしよく》の花《はな》に、格子《かうし》のやうな物《もの》に、管《くだ》のやうな物《もの》と――や、我《わが》居間《ゐま》ながら、かうも能《よ》く見識《みし》つてゐやうとは思《おも》ひ掛《が》けなかつた。時々《とき〴〵》目《め》を開《あ》いて、處々《ところ〴〵》美《うつく》しい明《あか》るい縞《しま》の入《はい》つた眞黑《まつくろ》な空《そら》を眺《なが》めては、又《また》目《め》を閉《と》ぢて、更《さら》に壁紙《かべがみ》を視《み》、壜《びん》の光《ひか》るのを視《み》て、もう夜《よる》だ、寢《ね》る時分《じぶん》だのに、何故《なぜ》坊《ばう》は寢《ね》ないのだらうと思《おも》ふ。一|度《ど》近《ちか》くで砲彈《はうだん》が破裂《はれつ》した。其時《そのとき》何《なに》やら兩足《りやうあし》にふわりと觸《ふ》れたと思《おも》ふと、誰《だれ》だか大聲《おほごゑ》で、砲彈《はうだん》の破裂《はれつ》した音《おと》よりも上手《うはて》の聲《こゑ》で、ワッと叫《さけ》んだ。誰《だれ》か射《や》られたなと思《おも》つたが、起上《おきあが》りもせんで、私《わたし》は凝然《ぢツ》とあからめもせず靑色《あをいろ》の壁紙《かべがみ》と壜《びん》を眺《なが》めてゐた。 軈《やが》て起上《おきあが》つて、歩《ある》き廻《まは》り、指揮《しき》をしたり、人《ひと》の顏《かほ》を覗《のぞ》き込《こ》むだり、照準《せうじゆん》を極《き》めたりしたが、心《こゝろ》では矢張《やツぱ》り、何故《なぜ》坊《ばう》は寢《ね》ないのだらう、と思《おも》つてゐた。一|度《ど》傳騎《でんき》に其《その》理由《わけ》を聞《き》いたら、永《なが》いこと何《なん》だか事細《ことこま》かに説明《せつめい》して呉《く》れて、二人《ふたり》で點頭《うなづき》あつた。傳騎《でんき》は笑《わら》つた。其面《そのかほ》を見《み》ると、左《ひだり》の眉《まゆ》を釣上《つりあ》げて、背後《うしろ》の誰《だれ》かに擽《くす》ぐツたい目交《めまぜ》をしてゐたが、背後《うしろ》には誰《だれ》かの足《あし》の裏《うら》が見《み》えたばかりで、外《ほか》には何《なに》も見《み》えなかつた。 此時《このとき》四邊《あたり》は最《も》う明《あか》るくなつて居《ゐ》たが、不意《ふい》にポツリと降《ふ》つて來《き》た。なに、雨《あめ》と云《い》つても矢張《やツぱり》故鄉《くに》で降《ふ》るやうな雨《あめ》で、ほんの詰《つま》らん點滴《しづく》では有《あ》つたけれど、不意《ふい》に、降《ふ》らずもの時《とき》に降《ふ》つて來《き》たので、皆《みな》濡《ぬ》れるのを畏《おそ》れて、狼狽《らうばい》して射擊《しやげき》を中止《ちうし》し、砲《はう》も何《なに》も放散《ほりちら》かして置《お》いて、やたら無性《むしやう》に其處《そこ》らの物蔭《ものかげ》へ逃《に》げ込《こ》むだ。只《たツ》た今《いま》私《わたし》と物《もの》を言《い》つてゐた傳騎《でんき》は、砲車《ほうしや》の下《した》へ潜《もぐ》り込《こ》むで身《み》を縮《ちゞ》めてゐたが、――危《あぶ》ない、今《いま》にも壓潰《おしつぶ》されるかも知《し》れないのに、太《ふと》つた砲手《はうしゆ》は、何《なん》と思《おも》つてか、或《あ》る戰死者《せんししや》の服《ふく》を剝《は》ぎに掛《かゝ》つた。私《わたし》は陣地《ぢんち》を走《はし》り廻《まは》つて、蝙蝠傘《かうもりがさ》だか、外套《ぐわいたう》だかを捜《さが》してゐた。蔽《かぶ》さる雲《くも》の中《なか》から雨《あめ》の降《ふ》り出《だ》したのは隨分《ずゐぶん》廣《ひろ》い塲面《ばめん》だつたが、其《その》塲面《ばめん》全體《ぜんたい》にふツと妙《めう》に寂然《しん》となる。榴霰彈《りうさんだん》が一《ひと》つ後馳《おくればせ》にブンと飛《と》んで來《き》て、パッと破裂《はれつ》して、又《また》寂然《しん》となる。寂然《しん》となつたので、太《ふと》つた砲手《はうしゆ》の荒《あら》い鼻息《はないき》が聞《き》える。石塊《いしころ》や砲身《はうしん》を打《う》つ雨《あめ》の音《おと》も聞《きこ》える。かう寂然《しん》とした中《なか》で、ぱら〳〵といふ閑《しづ》かな秋《あき》めかしい雨《あめ》の音《おと》を聽《き》き、濡土《ぬれつち》の香《か》を嗅《か》ぐと、淺《あさ》ましい血羶《ちなまぐさ》い夢《ゆめ》が瞬《またゝ》く間《ま》覺《さ》めたやうな氣《き》がして、雨《あめ》にきらつく砲身《はうしん》を見《み》れば、幼《おさな》い頃《ころ》の事《こと》でもない、初戀《はつこひ》でもない、しめやかに懷《なつ》かしい何《なに》かゞ、不思議《ふしぎ》にもふと想出《おもひだ》される。此時《このとき》遠方《ゑんぱう》でドンと最初《さいしよ》の一|發《ぱつ》が際立《きはだ》つて音高《おとたか》く鳴《な》ると、一寸《ちよツと》寂然《しん》としたのに魅《み》せられてゐた氣味《きみ》は去《さ》つて、皆《みな》隱《かく》れ塲《ば》から這出《はひだ》す。逃込《にげこ》む時《とき》のやうに、這出《はひだ》す時《とき》も唐突《たうとつ》だつた。太《ふと》つた砲手《はうしゆ》が誰《だれ》かを叱《しか》り飛《と》ばす。砲《はう》が鳴《な》る、又《また》鳴《な》る――と散々《さん〳〵》惱《なや》まされ拔《ぬ》いた腦《なう》が又《また》絳《あか》い霞《かすみ》に直《ひた》と鎖《とざ》される。雨《あめ》は何時《いつ》止《や》んだか、誰《だれ》も氣《き》が附《つ》かなかつたが、砲手《はうしゆ》が戰死《せんし》して其《その》むく〳〵と太《ふと》つた顏《かほ》の肉《にく》が落《お》ちて黄《き》ばむでも、尙《な》ほ點滴《しづく》が垂《た》れてゐたのを今《いま》に覺《おぼ》えてゐるから、何《なん》でも隨分《ずいぶん》長《なが》いこと降《ふ》つてゐたに違《ちが》ひない。 …未《ま》だ生若《なまわか》い志願兵《しぐわんへい》だつたつが、私《わたし》の前《まへ》に直立《ちよくりつ》して擧手《きよしゆ》の禮《れい》をしながら報告《ほうこく》するのを聞《き》くと、司令官《しれいくわん》から、其隊《そのたい》はもう二|時間《じかん》支《さゝ》ふべし、されば援兵《ゑんぺい》を送《おく》るといふ命令《めいれい》ださうだ。私《わたし》は何故《なぜ》坊《ばう》はまだ寢《ね》ないのだらうと心《こゝろ》では思《おも》いながら、口《くち》では何時間《なんじかん》でも支《さゝ》へてお目《め》に掛《か》けると答《こた》へた。さう答《こた》へた時《とき》、何故《なぜ》だか其《その》志願兵《しぐわんへい》の面《かほ》がふと目《め》に留《と》まる。大方《おほかた》非常《ひじやう》に蒼褪《あをざ》めてゐた所爲《せゐ》だつたらう。之程《これほど》蒼白《あをじろ》い面《かほ》を見《み》た事《こと》がない。死人《しにん》の面《かほ》だつて、此髭《このひげ》のない若若《わかわか》しい面《かほ》から見《み》れば、まだ紅味《あかみ》がある。必《かなら》ず途中《とちう》で度膽《どぎも》を拔《ぬ》かれたのが未《ま》だ直《なほ》らなかつたのに違《ちが》ひない。目庇《まびさし》へ手《て》を擧《あ》げてるのは、この慣《な》れた無雜作《むざうさ》な手振《てぶり》で、氣《き》も漫《そゞ》ろになる程《ほど》の怖《おそ》ろしさを紛《まぎ》らさうとしてゐたのだらう。 「怖《おそ》ろしいのか?」といひながら其手《そのて》に觸《ふ》れて見《み》ると、手《て》は棒《ぼう》のやうに硬《こは》ばつてゐたが、當人《たうにん》は幽《かす》かに莞爾《にツこ》としたばかりで、何《なん》とも言《い》はなかつた。いや、寧《むし》ろ口元《くちもと》で微笑《びせふ》の眞似《まね》をしたばかりで、眼《め》には唯《たゞ》初々《うひ〳〵》しさ、怖《おそ》ろしさが光《ひか》るのみ、其外《そのほか》には何《なに》も無《な》かつた。 「怖《おそ》ろしいのか?」と私《わたし》は又《また》優《やさ》しく言《い》つて見《み》た。 志願兵《しぐわんへい》が何《なに》か言《い》はうとして口元《くちもと》を動《うご》かした時《とき》、不思議《ふしぎ》な、奇怪《きくわい》な、何《なん》とも合點《がてん》の行《ゆ》かぬ事《こと》が起《おこ》つた。右《みぎ》の頰《ほう》へふわりと生溫《なまぬる》い風《かぜ》が吹付《ふきつ》けて、私《わたし》はガクッとなつた――唯《たゞ》其丈《それだけ》だつたが、眼前《がんぜん》には今迄《いままで》蒼褪《あをざ》めた面《かほ》の在《あ》つた處《ところ》に、何《なん》だかプツリと丈《たけ》の蹙《つま》つた、眞紅《まつか》な物《もの》が見《み》えて、其處《そこ》から鮮血《せんけつ》が栓《せん》を拔《ぬ》いた壜《びん》の口《くち》からでも出《で》るやうに、ドク〳〵と流《なが》れてゐる所《ところ》は、拙《まづ》い繪看板《ゑかんばん》に能《よ》く有《あ》る圖《づ》だ。で、そのプツリと切《き》れた眞紅《まつか》な物《もの》から血《ち》がドク〳〵と流《なが》れる處《ところ》に、齒《は》の無《な》い顏《かほ》でニタリと笑《わら》つて赤《あか》い笑《わらひ》の名殘《なごり》が見《み》える。 これには見覺《みおぼ》えがある。之《これ》を尋《たづ》ねて漸《やうや》く尋《たづ》ね當《あ》てたのだ。其處《そこ》らの手《て》が捥《も》げ、足《あし》が千切《ちぎ》れ、微塵《みぢん》になつた、奇怪《きくわい》な人體《じんたい》の上《うへ》に浮《う》いて見《み》える物《もの》を何《なに》かと思《おも》つたら、是《これ》だつた、赤《あか》い笑《わらひ》だつた。空《そら》にも其《それ》が見《み》える。太陽《たいやう》にも見《み》える。今《いま》に此《この》赤《あか》い笑《わらひ》が地球全體《ちきうぜんたい》に擴《ひろ》がるだらう。 皆《みな》もう平氣《へいき》で瞭然《はつきり》と狂人《きちがひ》のやうに…

(斷篇第三)

…物狂《ものくる》ほしさと怖《おそ》ろしさとだ。 風聞《ふうぶん》に據《よ》ると、敵《てき》にも味方《みかた》にも精神病《せいしんびやう》の患者《くわんじや》は夥《おびたゞ》しいものだと云《い》ふ。我軍《わがぐん》でも精神病舎《せいしんびやうしや》が四棟《よむね》出來《でき》た。參謀部《さんぼうぶ》へ行《い》つた時《とき》、副官《ふくゝわん》が見《み》せて呉《く》れたが…

(斷篇第四)